Tommyの乱読のススメ

ノンジャンル読書と雑記の混沌としたブログです。

【人生のお供に物語を】熱帯/森見登美彦

こんばんは~。

 

山手線の新駅名が『高輪ゲートウェイ』に決まりましたね。

yahooの意識調査によれば、あんまり評判が宜しくないようで…。 

 

JR山手線新駅の駅名が「高輪ゲートウェイ」に、どう思う? - Yahoo!ニュース 意識調査

 

個人の意見ですが、私もイマイチと思います。理由は以下です。

他の駅とのバランスが悪い

 山手線は漢字の硬派な名前の駅しかないため

外人に媚びている

 東京オリンピックがあるので外人ウケを狙ったのかもしれませんが、多分逆効果。

 外人ウケを狙うなら、渋い硬派な(安っぽい言い方をすれば日本的な)名前にすべき。

 

ただ、これは一時的な拒否反応であって、後になれば意外としっくりくるかもしれませんね。

そしたら、私の先見性のなさを存分に詰ってください…。

 

さて、今日はこの本です。

森見登美彦の本はあんまり読んでいないのですが、

本作は著者本人曰く「怪作」とのことですので異色作を期待。

熱帯

熱帯

 

 

まとめると…

  • 「熱帯」を求める旅は、「物語」とは何かという哲学的な問いに。
  • 千一夜物語を下地にした、現実/非現実のいりこ構成
  • 人生には物語が必要だ

 

 

あらすじ

汝にかかわりなきことを語るなかれ――。そんな謎めいた警句から始まる一冊の本『熱帯』。
この本に惹かれ、探し求める作家の森見登美彦氏はある日、奇妙な催し「沈黙読書会」でこの本の秘密を知る女性と出会う。そこで彼女が口にしたセリフ「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」、この言葉の真意とは?
秘密を解き明かすべく集結した「学団」メンバーに神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと「部屋の中の部屋」……。
幻の本をめぐる冒険はいつしか妄想の大海原を駆けめぐり、謎の源流へ!

我ながら呆れるような怪作である――森見登美彦 

(amazonより)

 

世界の境界を曖昧にする

マジックリアリズムを前面に出した作品ですね。

つまり、現実と非現実を融合した作品ということですが、その構造は複雑です。

『千一夜物語』を下敷きに書かれている本作は、作中作が何層にも重なり合い、

終盤に至っては、現実か創作か?語り手が誰なのか?を追うことが難しくなってきます。

今は現実の世界なのか?創作の世界なのか?はたまた創作の中の創作の世界なのか?

世界のいりこ(マトリョーシカ)状態をつくりだし、現実/非現実の境目を曖昧にします。

 

この世界の境界を曖昧さは、最近人気の「伏線回収」へのアンチテーゼと言えると思います。

伏線回収は、創作の世界をそこで完結させるために風呂敷を奇麗に畳むことを意味します。

一方で、本作は創作の世界が現実の世界に広がっていくことを明確に意図しています。

 

物語の可能性

本作のメッセージは「物語は人生に必要な要素」ということと思います。

 

500ページ超の長い小説ですが、言いたいことは実は序盤に隠されています。

具体的には沈黙読書会という集団のモットーなのですが、その部分を引用します。

俺たちは本というものを解釈するだろ?それは本に対して俺たちが意味を与える、ということだ。それはそれでいいよ。本というものが俺たちの人生に従属していて、それを実生活に役立てるのが『読書』だと考えるなら、そういう読み方は何も間違っていない。でも逆のパターンも考えられるでしょう。本というものが俺たちの人生の外側、一段高いところにあって、本が俺たちに意味を与えてくれるというパターンだよ。でもその場合、俺たちにはその本が謎に見えるはずだ。だってもしその謎が解釈できると思ったなら、その時点で俺たちの方がその本に対して意味を与えていることになってしまう。それで俺が考えたのはね、もしいろいろな本が含んでいる謎を解釈せず、謎のままに集めていけばどうなるだろうかということなのよ。謎を謎のままに語らしめる。そうすると、世界の中心にある謎のカタマリ、真っ黒な月みたいなものが浮かんでくる気がしない?(p31 太字は引用者)

 

この部分を解釈しようとしていること自体が、この文意に反していると思うのですが…。

ここで整理したいのは、物語を読んで一意的に解釈するのが『読書』。

『人』の立場から「この部分は使える」と『物語』に意味付けを行うプロセスです。

でも、物語の方から人の深層にズンズン入り込んできて、人生に意味を与えることもありますよね。

なぜかジーンと感動してしまうとか、何か衝撃に胸を打たれるとか。

ここでは、無生物であるはずの物語の方から働きかけてくる神秘さに重きを置いています。

 

このテーマについては、本作中でもいくつか議論になっている部分があります。

序盤に以下の問題提起があります。

「小説なんて読まなくても生きていけます」

(中略)

「でも本当にそうなんですかね」(p43)

 

この問いには作中いくつかの部分で答えを出しています。

『千一夜物語』では、シャハラザードが毎夜毎夜命をつないでいるのは、

まさに王に対して、先の気になる物語を語って結末を引っ張っているからですし、

過酷な砂漠や戦後の混乱の満州において、この『熱帯』を語り継がせようとした長谷川らは、

まさに極限状態こそ物語を欲するということを体現しています。

はたまた、作中もっとストレートに「物語ることによって汝みずからを救え」とまで言っています。

物語はただのフィクションの枠に収まるでなく、現実に意味合いを与える。

その中では、もはや現実と非現実(物語)の境界は意味をなさず、

両者が相互作用しながら、混ざり合った新しい世界を作っていきます。

 

感想

概ね上で言いたいことは言ったので少なめに。

難解な作品に挑んだなぁという印象です。ぶっちゃけ万人受けする作品じゃないです。

彼の代表作の夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)とか有頂天家族 (幻冬舎文庫)の文体や世界観を求めると、

イメージのギャップを感じるのではないかなぁと思います。

どちらかと言えば、阿部公房、村上春樹あたりの作風に近いと思います。

意欲作であり、それゆえに万人にはお勧めできませんが、

上記の著者が好きな方は手に取られてもよいと思います。

 

こういう作品の持ち味は、短いレビューでまとめきれないですね。

ただ、そこが魅力です。すべての要素を語ろうと思うと紙面が足りません。

興味を持たれた方は、たまには、のんびり・どっぷりと500ページの長旅に浸ってみませんか?

(私はよくわからなかったのでどっぷりと2回読みました)

 

ちなみに、この本をテーブルのない環境で手で支えながら読むと、重量ゆえに腕の筋力が鍛えられます。

私の中では『日本国紀』・『熱帯』・『ザ・ゴール(読書中)』が今年の3大筋トレ本です。

どうでもいい情報失礼しました。

 

今日はここまでです。

お読みいただきありがとうございました。

ではではまた~。